大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和62年(あ)1184号 決定 1988年1月29日

国籍

朝鮮(釜山府西大新町二丁目一二五二)

住居

名古屋市天白区植田山一丁目一一〇七番地

パチンコ遊技場経営

金有福

一九三九年一〇月三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六二年九月一〇日名古屋高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人渡部正郎の上告趣意のうち、憲法三八条三項違反をいう点は、被告人の自白は原判決の是認する第一審判決挙示のその余の証拠によって十分補強されていることが明らかであるから、所論は前提を欠き、その余は、単なる法令違反の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 奥野久之 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一)

○上告趣意書

昭和六二年(あ)第一一八四号

被告人 金有福

右の者に対する所得税法違反被告事件について、弁護人の上告趣意は次のとおりである。

原判決は、憲法第三八条第三項に違反している。

一 原判決は、第一審判決が被告人の昭和五六年の実際の所得金額が八、四五三万三、九九七円であり、昭和五七年の実際の所得金額が三億四、九二八万八四三円であるとした事実認定をそのまま認めて、控訴を棄却した。

弁護人は第一審においても、控訴審においても、第一審判決の右各年分の実際の所得金額の事実認定につき、右各数額のなかには、いずれも、被告人の自白を唯一の証拠として認定した数額が多分に含まれており、したがって被告人の昭和五六年分の実際の所得金額を八、四五三万三、九九七円、昭和五七年分の実際の所得金額を三億四、九二八万八四三円と断定し、それらを不可欠の前提とした第一審の判決は、所詮「自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合に」被告人が「有罪とされ」かつ「刑罰を科せられ」た場合に該り、憲法第三八条第三項に違反している旨を主張した。

二 原判決は、弁護人の第一審判決が、憲法三八条・刑訴法三一九条二項違反の違法があるとする理由についての主張を全く理解せずあるいは誤解して、原判決自体が考える架空の弁護人の主張についてあれこれと反論している。これは審理不尽というほかない。

被告人が犯したとされる犯罪は、所得税法違反である。所得税法違反が、例えば殺人のごとき一般刑法犯などとは、犯罪という点では同じであっても、その性格・態様・実態が著しく異なるものであることは多言を要しない。したがって、被告人の自白といわゆる補強証拠の関係も両者の間においておのずから異なるもののあるべきことも容易に理解し得る道理である。

原判決は、本件が所得税法違反の事案であるのにその特色を無視し、あたかも殺人のごとき一般刑法犯におけるがごとく自白と補強証拠の関係を論ずる誤りを犯している。

補強証拠の範囲については、

<1> 罪体の全部について必要とする

<2> 罪体の重要な部分について必要とする

<3> 自白にかかる事実の真実性を担保するものであれば足りる

とする考え方があるとされ、判例は罪体の観念を導入せず右<3>の立場をとるとされている。

右の点については、

「自白を補強すべき証拠は必ずしも自白にかかる犯罪組成事実の全部に亘ってもれなくこれを裏づけるものでなくても、自白にかかる事実の真実性を保証し得るものであれば足りる。」(最判昭二三・一〇・三〇集二・一四二七)

「犯罪事実が架空のものでなく現実に行われたものであることを証するものであれば足りる。」(最判昭二四・七・一九集三・一三四八)

などの判例があるが、他方常習賭博罪の数個の行為中一行為が公判廷外の自白のみにより認定されたのを違反とした判例(最判昭二五・一二・二集四・七四七)がある。

また、被告人の日記、商業帳簿のごときものが補強証拠たり得るかの問題がありこの点は説が岐れており、その点に関する最高裁の判例はない。

三 所得税の脱税を論ずる場合、申告所得金額と実際の所得金額との差がすべての前提となることはいうまでもない。

申告所得金額は確定申告書等で証拠上明らかであるのが通例であるから、問題は実際所得金額の認定である。

刑事事件において、実際所得金額の挙証責任が被告人にないことはいうまでもない。

ついでながら、その点につき、原判決は、

「所論は、更にそれ以外にも経費がかかったといい、被告人も当審公判廷において所論に沿う供述をするが、被告人自身、それを裏付ける客観的資料はなく、額がいくらで、何のために支出したかも確定できない旨認めているのみならず、前記のとおり、既に修正申告の際に、必ずしも客観的な裏付けがなかったにもかかわらず、税務当局に提出した自己の主張を十分に盛り込んだ上申書や必要経費表に基づき、パチンコ店営業に伴う旅費交通費、接待交際費や雑費として多額が認められていたことという経緯に照らすならば、被告人の右供述は措信できず、それ以上、所論のような経費は存在しなかったものと断ぜざるを得ない。」

(七丁表七行目)

などと述べている。

右は、犯罪の(無罪の)挙証責任を被告人に押し付けた議論である。

原判決が認定する以上に経費は存在しなかったとする原判決の認定に合理的疑いを差し挟む余地がないかどうかの判断は、「既に修正申告の際に、必ずしも客観的な裏付けがなかったにもかかわらず、税務当局に提出した自己の主張を十分に盛り込んだ上申書や必要経費表に基づき、パチンコ店営業に伴う旅費交通費、接待交際費や雑費として多額が認められていたことという経緯に照ら」して判断すべき事柄ではない。

検察官は、被告人の実際所得金額を主張するにあたって被告人の自白のみによることなく、併せて補強証拠を提出して主張すべきであり、判決は、被告人の実際所得金額を認定するにあたり、被告人の自白のみによることなく、併せていかなる補強証拠により認定したかを明らかにすべきである。そして、右の場合において、前記最判昭二三・一〇・三〇集二・一四二七の判例の存在にもかかわらず、実際所得金額の全額について補強証拠が必要であることは脱税の性質上当然である。

脱税額は、実際所得金額から申告所得金額を引くことにより自動的に算出されるものであり、前述したように、申告所得金額は、確定申告書等で証拠上明らかであるから、実際所得金額が変ればそれに対して自動的に脱税額は変る。

被告人が所得額を仮に一億円と自白した場合、一〇〇〇万円について補強証拠があるからといって、一億円の実際所得金額を認定し、その金額を基にして被告人の脱税額を計算し、被告人の刑事責任を論ずることが、憲法三八条三項に違反することは当然である。

自白と補強証拠の関係は、脱税と殺人などの一般刑法犯と同日に論ずることはできないのである。既遂の殺人罪において、確定されなければならないのは、被害者が死亡したか否かの二者択一の事実であり、脱税においては、脱税をしたか否かの二者択一の事実だけが問題なのではなく、脱税の額が致命的な問題なのである。

その額の全部が、確実に、合理的疑いを挟む余地のないまでに証明されなければならないのである。

額の如何を問わず脱税をしたか否かの事実の認定と脱税したとしてその額はいくらかという事実の認定とにおいては、自白と補強証拠の関係にはおのずから異なるものがある。

原判決はこの両者の違いを見落しているように見受けられる。

四 第一審は、前述したように、被告人の昭和五六年の実際の所得金額が八、四五三万三、九九七円であり、昭和五七年の実際の所得金額が三億四、九二八万八四三円であると認定している。

右の各実際所得金額は、国税局が証拠として提出した「脱税額計算書説明資料」中の各年分の「脱税額計算書」に記載されている実際所得金額そのままであって一円の違いもない。

原判決は、

「原判決は、原判示の各事実を認定するに当り、自白に該当する被告人の検察官に対する供述調書と大蔵事務官に対する質問てん末書とのほか、それぞれ関係の大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料や査察官調査書等の各証拠を認定の用に供したことが判文上明らかであるが、これらの大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料や査察官調査書は、単に被告人の所得額に関する供述内容をそのまま録取したという性質のものではなく、・・・」(二丁表九行目)

と述べている。

右において、「原判示の各事実」の中には、「被告人の昭和五六年の実際の所得金額が八、四五三万三、九九七円であり、昭和五七年の実際の所得金額が三億四、九二八万八四三円である」という事実も含む意と解せられるが、右各実際所得金額は、前述したように、「脱税額計算書」に記載されている実際所得金額をそのまま転記したにすぎないのであるから、実際所得金額に関するかぎり、「原判決は、原判示の各事実を認定するに当り、自白に該当する被告人の検察官に対する供述調書と大蔵事務官に対する質問てん末書とのほか、それぞれ関係の大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料や査察官調査書等の各証拠を認定の用に供したことが判文上明らかである」などということはあり得ず、「認定の用に供した」のは、裁判官の怠慢によるものかどうかは別として、「脱税額計算書」だけであることは余りにも明らかである。そうでなければ、昭和五六年分についても同五七年分についても、実際所得金額が、いずれも、第一審判決の認定と国税局作成の「脱税額計算書」とで一円も違わないなどということはありえない。原判決の右判示は、単なる言葉の遊びと言わざるを得ない。

そして、本件において、最も問題なのは、実際所得金額の認定であり、他の「原判示の各事実」などは、まず実際所得金額が確定された上で、あるいは、実際所得金額を確定するために、問題となるにすぎず、弁護人が最も問題にしているのも実際所得金額の確定なのである。

原判決は、「自白に該当する被告人の検察官に対する供述調書と大蔵事務官に対する質問てん末書」の補強証拠が「それぞれ関係の大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料や査察官調査書等の各証拠」であって、

「したがって、原判決は、大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料や査察査察官調査書等、いわゆる補強証拠としての性格を有する関係各証拠と被告人の検察官に対する供述調書及び大蔵事務官に対する質問てん末書とを総合して、実際の所得額を始めとする原判決の各事実を認定したものであって、被告人の自白のみに基づいて認定したものではないことが明らかであるから、原判決に憲法三八条三項、刑訴法三一九条違反のかどは存しない。論旨は理由がない。」(四丁表一〇行目)

ということのようであるが、「被告人の検察官に対する供述調書及び大蔵事務官に対する質問てん末書」のどこにも「被告人の昭和五六年の実際の所得金額が八、四五三万三、九九七円であり、昭和五七年の実際の所得金額が三億四、九二八万八四三円である」などという「自白」はなされていない。「被告人の検察官に対する供述調書」は実際所得金額は愚か、およそ数字に関する供述が何一つ録取されておらず、脱税の調書としては誠に杜撰なものである。

本件において、検察官も第一審判決も原判決も、権威ある素人には解りにくい税の専門家が作成したものであるからということに目が眩み、「脱税額計算書説明資料」中の「ほ脱所得の内容」と題する資料の内容を精査することなく、「脱税額計算書説明資料」中の「脱税額計算書」に盲従してしまった事件だとしか思えないのである。

五 弁護人が「自白」を問題にしているのは、次の点についてである。

第一審判決の被告人の昭和五六年分および同五七年分の各実際所得額の認定の唯一の証拠とされた「脱税額計算書説明資料」中の「脱税額計算書」に記載されている実際所得金額の計算の基礎は、「脱税額計算書説明資料」中の「ほ脱所得の内容」と題する資料である。

この資料は、「勘定科目」・「金額」・「説明」の三欄からなっており、「勘定科目」は昭和五六年は二三、同五七年は二二の勘定科目に各分類され、それぞれの勘定科目につき「金額欄」に各勘定科目の合計の数額が記載され、「説明」欄にそれぞれの金額を国税局がいかにして認定したかの極く簡単な説明が記載されている。

「脱税額計算書説明資料」中の「ほ脱所得の内容」と題する資料の各勘定科目の「説明」の中には、次ような記載がある(傍線は弁護人)。

注1 単位円

注2 金額欄に、例えば、△四、〇〇〇、〇〇〇とあるのは、犯則金額が四〇〇〇、〇〇〇円であることを意味する。

<省略>

<省略>

六 右に摘示した昭和五六年分の国税局の「説明」について、

<1>売上金額についての「説明」は、パチンコについては、昭和五六年・五七年とも「売上ノートにより確定したもの」というだけである。

原判決は、被告人の上申書が自白であり、「売上ノート」が補強証拠であるとするものの如くであるが、被告人の日記、商業帳簿のごときものが補強証拠たり得るかの問題がありこの点は説が岐れており、その点に関する最高裁の判例はないことはすでに述べた。「売上ノート」は自己の補強証拠たり得ない。

「ほ脱所得の内訳」に昭和五六年分・五七年分いずれも、「<1>売上金額」として記載されている金額は自白であってその補強証拠がないのである。

なお、原判決は、

「(1) パチンコ店営業による売上金額については、被告人方で押収した売上ノートの記載内容を、被告人の指示により右売上ノートを記載していた従業員や被告人の各供述内容に照らしつつ分析し、これにより確定し得た結果を取りまとめ、・・・」(二丁裏四行目)

と述べているが、「被告人の指示により右売上ノートを記載していた従業員や被告人の各供述内容」は、その内容よりして自白の補強証拠たり得ない。

<2>期首商品棚卸高及び<4>期末商品棚卸高の各金額はいずれも、「相当性の認められる被告人の供述によって認定したものである。」という。「相当性の認められる」というのは、国税局がそう思ったというだけのことであって別に補強証拠があるという意味ではない。したがって国税局認定の根拠は被告人の自白のみである。

のみならず、この表現は、被告人が自白(供述)しても国税極が相当性が認められないと思ったものは認定していないことを示している。事実そのとおりであり、かつ国税局が相当性が認められないとして、被告人が主張して認められなかったのは、<2>期首商品棚卸高及び<4>期末商品棚卸高に限らず他のすべての勘定科目も多々あったのである。

なお、期首商品棚卸高及び期末商品棚卸高について原判決は、

「(2)パチンコ店営業による期末、期首の商品棚卸高については、被告人が各年末の在庫調査を行わず、在庫表等も作成していなかったため、実際の棚卸高を確定はしていないが、その点に関する被告人の供述内容を右売り上げノートの換金用景品の在庫高に関する記載内容、押収した在庫帳の記載内容、査察当時の実際の商品在庫高等に照しつつ分析、検討し、これにより少なくとも被告人が供述しているだけの在庫高は存在したとを確認し得たという結果を取りまとめ」(二丁裏八行目)と述べているが、「実際の棚卸高を確定はしていない」以上「実際の所得額」を確定することができない。

また、「その点に関する被告人の供述内容を右売り上げノートの換金用景品の在庫高に関する記載内容、押収した在庫帳の記載内容、査察当時の実際の商品在庫高等に照しつつ分析、検討し、これにより少なくとも被告人が供述しているだけの在庫高は存在したとを確認し得たという結果を取りまとめ」というのは行政の手法であって、刑事裁判における事実認定の手法たり得ず、刑事裁判においては、「取りまとめ」たりすることなく、各金額のすべてにつき、被告人の自白の外それを裏付ける補強証拠があって始めて認定すべきである。

<8>旅費交通費については「領収書、照会回答及び被告人の供述から支払事実を確認して確定したタクシー代ガソリン代等である」という。だが、「領収書、照会回答」によって確定した数額と「被告人の供述」から確定した数額の内訳が示されていない。この表現が、数額のすべてにつき被告人の供述があり、そのすべてについて補強証拠として「領収書、照会回答」があるという意味でないことは、行文上も明らかである。領収証で確定した数額もあれば、照会回答で確定した数額もあれば、被告人の供述(自白)だけで確定したものもある。中にはある数額について、領収証・照会回答・被告人の供述(自白)のうちの二ないし三が重複して存在するものもあるのかもしれない。「説明」はその詳細を具体的に説明していない。<10>広告宣伝費については、「領収書、照会回答及び被告人の供述から支払事実を確認して確定した求人広告、チラシ折り込等の費用である。」という。これも、どれだけの額が、領収書、照会回答及び被告人の供述によってそれぞれ確認したのか、又どれだけに額が領収書、照会回答及び被告人の供述の二ないし三によって重複して確認されたのか明らかでない。

右の点につき、原判決は、

「(3) パチンコ店営業に伴う旅費交通費、広告宣伝費、接待交際費及び雑費の中には、被告人が出費をしたと主張するのみで、必ずしも客観的な裏付けのないものが一部含まれているが、それらを除けば、押収した関係資料の内容、関係人に対する照会回答の内容、大蔵事務官による裏付け調査の内容、関係人や被告人の供述内容等を総合分析し、客観的に支出の確認された結果を取りまとめ、・・・」(三丁表四行目)

と述べているが、「被告人が出費をしたと主張するのみで、必ずしも客観的な裏付けのないものが一部含まれている」のは甚だ問題で、そのようなものを基礎にした「実際の所得」を前提として被告人の刑事責任を論ずることはできない。それに必要なのは、「客観的な裏付け」などという曖昧なものではなく、ずばり「補強証拠」でなければならないのである。

また、資料などを「総合分析し、客観的に支出の確認された結果を取りまとめ」るのは行政の手法であって、刑事裁判における事実認定の手法たり得ず、間接事実による認定の域にも達せず、推計以外の何物でもない。

<10>広告宣伝費については、「領収書、照会回答及び被告人の供述から支払事実を確認して確定した求人広告、チラシ折り込等の費用である。」という。これも、どれだけの額が、領収書、照会回答及び被告人の供述によってそれぞれ確認したのか、又どれだけに額が領収書、照会回答及び被告人の供述の二ないし三によって重複して確認されたのか明らかでない。

<15>消耗備品費については、「被告人及び関係者の供述を基に領収証、照会回答等によって確定したパチンコ機、部品の購入費である。」というが、どれだけの数額が被告人の供述(自白)のみにより確認されたのかが明らかでない。

<18>給料賃金については、「パチンコ関係は被告人の供述、給料支払明細書等により、飲食店関係は被告人及び関係者の供述により金額を確定したものである。なお黒川店については、五六年分の給料支払明細書がないため、五七年分の支給総額から昇給分を差し引いて確定したものである。」としているが、「被告人の供述、給料支払明細書等により」というのは、被告人の供述した数額のすべてについて給料支払明細書等の補強証拠があるという趣旨なのか、被告人の供述した数額のうち給料支払明細書等の補強証拠があるもののみを確認したということなのか、それとも被告人の供述のみによって確認したものもあれば、給料支払明細書等によって確認したものもあれば、被告人の供述と給料支払明細書等の両方で確認したものもあるという趣旨なのか、一向にはっきりしない。

<21>貸倒金については「被告人の供述、押収物件により確定した」という。これもまた、被告人の供述した数額のすべてについて押収物件の補強証拠があるという趣旨なのか、被告人の供述した数額のうち押収物件の補強証拠があるもののみを確認したということなのか、それとも被告人の供述のみによって確認したものもあれば、押収物件によって確認したものもあれば、被告人の供述と押収物件の両方で確認したものもあるという趣旨なのか、一向にはっきりしない。

<22>除却費は、「領収証、照会回答及び被告人の供述等により確定した」という。これもまた、その中に、被告人の供述のみによって確定した数額が含まれているのかいないのか、いるとすればその数額はいくらか、全くわからない。

<23>雑費については、「領収証、照会回答及び被告人の供述から支払事実を確認して確定した」というが、金額欄に記載されている合計金額のなかに、領収証によって確認した数額、照会回答によって確認した数額及び被告人の供述から確認した数額が別々にあり、その合計が金額欄に記載した数額であるということなのかそうでないのかわからない。少なくも行文からして、金額欄に記載されている数額は被告人の供述した数額そのものであり、その数額のすべてについて補強証拠として、領収証、照会回答のいずれかあるいはその双方があるという趣旨でないことだけは明らかである。

そして昭和五七年については、<2>期首商品棚卸高、<4>期末商品棚卸高、<8>旅費交通費、<10>広告宣伝費、<11>接待交際費、<15>消耗備品費、<18>給料賃金、<22>雑費についてそれぞれ「五六年分と同様である。」というのであるから、弁護人としても、以上の昭和五六年について述べた批判を繰り返すしかない。

昭和五七年分の<21>貸倒金については、「被告人の供述及び押収物件により確定した貸倒れ金である。」というのであるが、これもまた、被告人の供述のみで確定したものもあれば押収物件のみで確定したものもあるという趣旨なのか、全額被告人が供述し(自白)そのすべてにつき補強証拠として、押収物件があるということなのかさっぱり解らない。

七 原判決は、

「しかしながら、原判決は、右脱税額計算書説明資料や査察官調査書中には、誤記や計算違いに基づく数額の誤りが一部存するのに、これを看過し、原判示の実際の所得額及び脱税額を認定したものであって、その点においては、原判決には事実誤認がある。右脱税額計算書説明資料や査察官調査書を始めとする原審で取り調べられた関係証拠によれば、被告人の昭和五六年における実際の所得額は八三五八万五一九一円、脱税額は四二五四万二二五〇円、昭和五七年度における実際の所得額は三億四五二二万八〇四三円、脱税額は二億一三一八万八三〇〇円ということになるところ、原判決との差はいずれも、比率の点においてわずかな範囲に留るから、原判決の事実誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるとまではいえない。」(八丁表四行目)

などといっているが、問題はそんな簡単なことではないのである。

原判決は、第一審判決の、被告人の昭和五六年の実際の所得金額が八、四五三万三、九九七円であり、昭和五七年の実際の所得金額が三億四、九二八万八四三円であるとした事実認定をそのまま認めた。ところが、右各実際所得額の計算の基礎となった四五の「勘定科目」のうちの上述の一九の「勘定科目」のいずれにも、被告人の供述のみによって、補強証拠がなく認定された数額が多分に含まれており、しかもその数額は曖昧模糊とした「脱税額計算説明資料」中の「ほ脱税額の内容」の「説明」に隠蔽されて、その数額を確定することすらできないのである。それをそのままにして、第一審判決及び原判決が、その「実際所得金額」(少しも「実際」でない。)から申告所得金額を引いた金額を「脱税額」と認定し、被告人の刑責を論ずることが、憲法三八条二項に違反しないとどうしていえるのであろうか。これは、被告人に有利とか不利とかいう以前の問題である。

七 一体どうしてそのように奇妙なことになったのか。

それは判決が、修正申告の性格を誤解したからにほかならない。

国税局は、何故上述したように、被告人の供述・自白のみに基づき、その自白を補強する証拠もなしに、確定した数額を多分に含む税額計算書及び税額計算書説明資料を検察庁に捜査資料として送付したのか。

右の点について特に注目すべき事実がある。

それは外でもない。

被告人は、昭和五六九年一〇月「昭和五六年の所得税の修正申告書」及び「昭和五七年の所得税の修正申告書」を提出した。

「昭和五六年の所得税の修正申告書」の「申請納税額」すなわち「修正申告額」から「修正前の課税」を引いた額は五七、二七〇、七〇〇円であり、税額計算書説明資料中の「脱税額計算書」には、「実際額」から「申告額」を引いた「反則額」は四二、二五二、二〇〇円とされている。

同じく、「昭和五七年の所得税の修正申告書」の「申請納税額」すなわち「修正申告額」から「修正前の課税」を引いた数額は二一六、二二七、三〇〇円であり、税額計算書説明資料中の「脱税額計算書」には、「実際額」から「申告額」を引いた「反則額」は二一六、二二〇、八〇〇円とされている。

昭和五六年についても昭和五七年についても「所得税の修正申告書」の「申請納税額」と「脱税額計算書」の「反則額」はその計算の基礎は全く同一である。「申請納税額」と「反則額」の数額の差は、計算違いによるものか、国税当局が検察官が公判維持に耐えられないであろうと思料して「所得税の修正申告書」の「申請納税額」の一部を除外した結果によるにすぎない。昭和五七年の「申請納税額」と「反則額」の差がわずか六、五〇〇円〇・〇〇三パーセントにすぎないことがそのことを如実に示している。

始めに「修正申告」ありき、なのである。

国税局は、「修正申告」の計算の基礎となった数字と同じ数字を使って税額計算書説明資料を作成して検察庁に送付し、検察官は「修正申告」の計算の基礎となった数字と同じ数字を使って税額計算書説明資料をそのまま証拠として法廷に提出し、第一審判決及び原判決は、「修正申告」の計算の基礎となった数字と同じ数字を使って税額計算書説明資料を唯一証拠として、昭和五六年についても昭和五七年についても被告人の「実際所得額」を認定し、それを前提として被告人を有罪とし刑を科した。

ところで、「修正申告」は「更生処分」とは違うのである(国税通則法二四条参照)。

わが国の所得税は、個人が自分で課税標準と税額を計算し、自主的に申告納税するのが建前である。「修正申告」も例外ではない。すなわち「修正申告」それ自体、その全部が「自白」なのである。

本件において被告人は、査察調査をうけ、査察官による押収捜索が行われ、被告人は国税局の呼出を受けて供述し「質問てん末書」が作成された。しかしそれは行政処分であって司法処分ではない。国税当局はその段階で、更生処分を行うことを予定しそのために必要な処分を行っていたにすぎない。更生処分に対しては、納税者が異議申立をし、審査請求をし、あるいは民事訴訟を提起することを考えなければならないから、国税局としてはそれなりの調査、証拠、資料の収集を余儀なくされるからである。この段階において、国税局が、被告人の所為を犯罪として、捜査取調を行い、「質問てん末書」を作成したのではない。

次に、「修正申告」に対しては、納税者が異議申立をし、審査請求をし、あるいは民事訴訟を提起するということはありえない。

本件において、国税局は途中で方針を変更し、被告人に修正申告を提出させ、所得税の不足分を納入させて決着をつけることにした。その後被告人と国税局との間で、何回にもわたって、「話し合い」が持たれた。国税局の側からすれば行政指導である。双方が主張し譲歩した。だがその主張や譲歩がすべて刑事裁判に耐える証拠をそろえ厳格な証明を経て、主張され譲歩されたわけでは勿論ない。行政指導にはその必要はないからである。

かくして両者は妥協点に達した。その妥協した内容に基づき、国税庁の内部的な事務処理上必要だからという要望を容れ、被告人は妥協した内容を「上申書」として国税局に提出した。

そして、被告人はその妥協した内容に基づき「修正申告書」を作成して提出した。

被告人が修正申告書の作成につき国税局の行政指導を受けたからといって、「修正申告」が個人が自分で課税標準と税額を計算し、自主的に申告したもの、すなわち納税者の「自白」であるという本質は変らない。

以上のような経緯であるから、原判決が、第一審判決につき、

「原決は、原判示の各事実を認定するに当り、自白に該当する被告人の検察官に対する供述調書と大蔵事務官に対する質問てん末書とのほか、それぞれ関係の大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料や査察官調査書等の各証拠を認定の用に供したことが判文上明らかである」

などと述べてみても、原判決が、いくら「自白に該当する被告人の検察官に対する供述調書と大蔵事務官に対する質問てん末書とのほか、それぞれ関係の大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料や査察官調査書等の各証拠を認定の用に供し」たところで、第一審判決が認定した被告人の昭和五六年・同五七年の実際所得額の計算の基礎になった国税局が被告人の自白のみによって確定した個々の数額の補強証拠が見付かるはずはないのである。

もし検察官が税額計算書説明資料に記載された数額をそのまま証拠として被告人の刑事責任を追及するのであれば、税額計算書説明資料の中の国税局が被告人の自白のみによって確定した個々の数額をまず特定し、それにつき国税当局を叱咤激励してその全体につき補強証拠を収集提出させ、自らもそのための捜査を真剣に展開すべきであったのである。検察官がそのような努力を怠ったことは、検察官が提出した重要な証拠は、乱雑な字で書かれた、簡単で杜撰な検面調書がだ一通のみだという事実が雄弁に物語っている。

検察官は右の努力を惜しみ、本質的には被告人の自白にすぎない修正申告書記載の数額及びその計算の基礎となった個々の数額を転記したにすぎない税額計算書説明資料を何ら手を加えることなく「証拠」として法廷に提出し、第一審判決及び原判決は、いずれもこの「証拠」を鵜呑みにしてしまったのである。

また原判決は、

「確かに、パチンコ店営業に伴う交通費、接待交際費、雑費等の中には、前記のとおり、被告人が出費をしたと主張するのみで、必ずしも客観的な裏付けのないものが含まれており、しかも、それら客観的な裏付けのない部分は、被告人の大蔵事務官に対する質問顛末書等によれば、全額が当該年度の経費になるというよりも、開発費等の繰越資金としての性格がかなり強いように考えられるのであるが、他面、それらが当該年度における経費としての側面を有することも否定できないため、税務当局において、修正申告の際にそれらを経費として認め、大蔵事務官作成の脱税額説明資料にも経費として計上されているのであるから、原判決が被告人の主張に沿う大蔵事務官作成の脱税額計算書明資料に基づき、必ずしも客観的な裏付けのない部分についても経費として認定しても、被告人に何ら不利益を与えるものではない。したがって、原判決は、大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料や査察官調査書等、いわゆる補強証拠としての性格を有する関係各証拠と被告人の検察官に対する供述調書及び大蔵事務官に対する質問てん末書とを総合して、実際の所得額を始めとする原判決の各事実を認定したものであって、被告人の自白のみに基づいて認定したものではないことが明らかであるから、原判決に憲法三八条三項、刑訴法三一九条違反のかどは存しない。論旨は理由がない。」(三丁裏九行目)

などと述べているが、「被告人が出費をしたと主張するのみで、必ずしも客観的な裏付けのないものが含まれており、しかも、それら客観的な裏付けのない部分は、被告人の大蔵事務官に対する質問顛末書等によれば、全額が当該年度の経費になるというよりも、開発費等の繰越資産としての性格がかなり強いように考えられるのであるが、他面、それらが当該年度における経費としての側面を有することも否定できないため、税務当局において、修正申告の際にそれらを経費として認め、大蔵事務官作成の脱税額説明資料にも経費として計上されている」などというのは、前記の被告人と国税局の間の「話し合い」による妥協内容の一部にすぎないのである。

また、原判決が、

「(推計課税の点に関して付言するに「パチンコ将軍黒川本店」での昭和五六年一月から三月までの売上金額を直接証明する証拠が不足するため、国税査察官は種々の資料をもとに同期間売上金額を六三八五万八〇〇〇円と推計しているが、これは準反則行為として反則金額には算入せず、・・・)」

というのも、被告人と国税局の「話し合い」による妥協の産物である。

原判決は、

「そこで、原審で取り調べられた関係各証拠に基づき検討するに、原判示の所得額認定の重要な基礎となったと考えられる大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料や査察官調査書は、第一において説示したとおり、減価償却費の点を始めとして、押収した関係資料の内容、関係人に対する照会回答の内容、大蔵事務官による裏付調査の内容、関係人の供述内容等を総合分析し、客観的に収益、経費の確認がされた結果を取りまとめたものであって、後記に指摘するように、その記載内容には、誤記や計算違いに基づく数額の誤りが一部見受けられるが、基本的には極めて信用性が高いものと認められるのである。」(三丁裏九行目)

と述べているが、「原判示の所得額認定の重要な基礎となったと考えられる大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料」は「基本的には極めて信用性が高いものと認められるのである。」というが、「基本的には」とは何か。前述したように脱税額計算書説明資料は、被告人が自白に過ぎない修正申告書の実際所得額の計算の基礎とした個々の数額、その多くが被告人と国税局の「話し合い」による妥協の産物をそのまま記載したものなのであるから、「基本的」にも何にも刑事裁判の証拠として「極めて信用性が高いものと認められる」ような代物ではもともとないのである。「原判示の所得額認定の重要な基礎となったと考えられる大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料」というのは誤りで、「原判示の所得額認定の」唯一の「基礎となった」のは、「大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料」の中の、たった数行の表として示されている「脱税額計算書」のみなのである。

もし、原判決が、国税局が、「減価償却費の点を始めとして、押収した関係資料の内容、関係人に対する照会回答の内容、大蔵事務官による裏付調査の内容、関係人の供述内容等を総合分析し、客観的に収益、経費の確認がされた結果を取りまとめ」「脱税額計算書説明資料」を作成したという事実を認定するのではなく、自ら「減価償却費の点を始めとして、押収した関係資料の内容、関係人に対する照会回答の内容、大蔵事務官による裏付調査の内容、関係人の供述内容等」を精査検討すれば、「脱税額計算書説明資料」には、補強証拠のない被告人の自白のみによる数額の認定が多分に含まれており、「脱税額計算書説明資料」の中「脱税額計算書」に記載されている「実際所得金額」を刑事裁判官がそのまま事実として安易に認定すべきではないことに容易に気付き得たはずである。

七 以上述べたところから明らかなように、原判決は、被告人の昭和五六年分および昭和五七年分の所得税につき、いずれも被告人の自白のみに基づき補強証拠なくして認定した数額を多分に含む被告人の「実際所得金額」によって被告人の「脱税額」を算出し、それに基づき判決を下し、「自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合に」被告人を「有罪とし」かつ「刑罰を科」し、憲法第三八条第三項に違反した違法な第一審判決を、そのまま認めて控訴を棄却したものであり、憲法第三八条第三項に違反する違法な判決である。

よって原判決は破棄されるべきである。

よって、原判決は破棄されるべきものと考える。

昭和六二年一一月二四日

弁護人 渡部正郎

最高裁判所第二小法廷 殿

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